○ そ れ か ら


○3○

「こんにちは〜」
「あ、こんにちわ」
近所に住んでいる奥さんと挨拶を交わす。午後3時。大体の主婦はこの時間帯に夕飯の準備をすべく買い物に出かけるだろう。
もちろん、雛もそれに漏れることなく、スーパーまで買い物に出かける。家からスーパーまでは歩いて5分ほど。なかなかの立地条件の家だ。
(今日は何にしようかな・・・)
そんなことを考えながら、冷房のきいたスーパーの中に入る。季節は夏。3時といえば、まだ昼真っ盛りで、太陽もまだまだ元気だ。こんなに元気にならなくても良いだろうに。
「絶対日本はもう亜熱帯だ・・・」
ついつい愚痴がこぼれる。愚痴と言うよりはもう国民全体の総意だ。
たしかに、ここ最近の日本は暑い。でも、以前のように蒸し暑いわけではない。カラッとした陽気で、外に出るのがいやという気にはならない。最近、気候が狂い始めているみたいだ。
自分がもどってきたことが何か悪影響を及ぼしているのか?と、そんなことまで雛に心配させるほどに、ここ最近の日本は少しおかしかった。
(こうも暑いと、やっぱりそうめんが良いよね・・・)
そう考えて、そうめんの束を籠に放り込む。そうすると、つゆも必要になるので、ついでに近くにあったビン入りのつゆも籠に放り込む。
(さすがにそうめんだけってのも味気ないよね・・・)
そう思って、厚焼き玉子でも焼こうかと、卵のパックを籠に放り込もうとしたところで、放り込んだら割れてしまうと気づいて、そっと入れる。
(こんなもんか・・・)
レジに向かう。いつものバイトの学生だ。
「6点で1219円になります」
財布の中から1219円丁度取り出す。と、そのとき、あるものに目が行った。
あのときの服…についていたボタン。
ボタンだけはなんとか確保することが出来た。このボタンは、大事な思い出。今まで生きてきた中で、一番嬉しかった、一番悲しかった、一番心に残った瞬間の記憶。
(あのときは、雪が降ってたっけ…)
この地方では冬でもほとんど雪は降らない。でもあの時降ってきた白いものは、確かに雪だった。二人を祝福するかのように。本来成り立たないはずの恋。それを、祝福する、白い光。
過去の記憶にある、無機質な白い世界。
あの『白』とは一線を画した、優しさに満ちた、温かみのある雪。
あのとき、確かに記憶が途絶えた。でも、彼の記憶は消えてはいない。それはナゼなのだろうか。いや、そんなことはどうでもイイ。

今この瞬間、幸せだ。

***

「で、どう言う理由でこんなにそうめんは伸びきってるんですか?」
「あなたの帰りが遅いから」
そう、今の時間は夜8時。本来6時には家にいるはずの彼は、2時間も遅刻してきたことになる。
「我が家の鉄の掟の一つである晩御飯の時間を破った罪はこんな下らない日々の1ページをもって償わなければイケナイのよ」
「語彙は豊富ですね」
「黙って食らえ」
「イエッサー、准将」
そういって、普段の5割増で上に盛り上がっているそうめんの山に食らいつく。その姿は、まさに滑稽そのものだった。

***

今日は考えることが多かった。それこそ、昔のことばかりだが。
すべてが、ふたりにとっての大事な思い出。そう、決して忘れないだろう。どんなに時間が経とうとも。

またふたりが、運命のいたずらによって引き離されようとも。




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