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人間は、やりたくないが、やらねばならない事に対し、「やれ」と言われればもっとやりたくなくなる。当然、「やるな」と言われれば大きな喜びを得るだろう。願ってもないことだ。しかし、更に「やるな」と言われ続ける。やらないことが日常化し、特に喜びはなくなる。そして段々不安になってくる。「やらなくて大丈夫か?」と。知っているのだ、やらねばならないことは。遂には「やりたくない」という思いは消え、「やらねばならない」という焦りが精神を支配する。それでもやらせてもらえない。圧力は高まる。「やりたい」と思う…そこで許可がおりる。その瞬間人は、最大の勢いをもってそれをやるだろう。勿論附設において「それ」とは勉強であり、彼を抑圧していたものは文化祭だ。文化祭によって附設生は受験生へと変貌を遂げることができるのだ。
これが、僕が考える文化祭の必要性だ。要は起爆剤である。もともと高いポテンシャル(潜在能力)をもつ僕達だが、これまで僕達はそれをセーブしてきた。そこへこの文化祭が僕達を7ヶ月間拘束し、全エネルギーを勉強とは別の方向へ向けさせる。覚醒させると言ってもいい。ここで解放されたポテンシャルは文化祭後、圧倒的な初速度をもって勉強へと向けられる。しかも同時に文化祭は社会に出ていく上で必要な人間性というものも与えてくれる。以上をもって結論を出したい。
(答)文化祭は附設に必要である。
2nd Chapter >> 文化祭で何をすべきか?
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