第ニ話 「It fights with green(緑と戦う)」 



「私が……さらわれかけてた?」

 恵美は混乱する頭を必死で整理する。
 が、それは無駄なことだった。整理するも何も、そんな記憶など微塵も無いのだから。

「あ!」

 そこで恵美は気付いた。そうか、これは嘘なんだ。また適当な事を言って、事をはぐらかそうとしているに決まっているのだ、と。

「また嘘でしょう!いいかげんにしてください!」

 むくれ上がっている恵美を見ても、啓輔は表情を変えない。その眼差しは真剣そのものだ。
 哲也が横で静かに言った。

「嘘じゃないんだよね、これが。―――じゃあ、さらわれかけてた恵美ちゃんをどう助けたかって事から話そうか」

 そう言って、哲也は一つずつ話し始めた。



---*---



 辺りは薄暗く、そこかしこから火のくすぶった後の白煙が風に流され、細く伸びている。そんな風景に囲まれながら、二人は辺り一面に広がる瓦礫の世界を見渡していた。

「なあ、啓輔。おかしいと思わねえか?」

「うん。おかしい」

 今も彼等の横にそびえている瓦礫の山。つまり校舎だが、当初、それだけしか破壊されていないと思っていたのだが、それは違っていた。
 どうやら、町全体が瓦礫と化しているようなのだ。果てまで広がる瓦礫の山々がそれを証明する。だが、彼等が疑問に思っているのはそんな事ではなかった。

「こんな大量の瓦礫になるような建物がこの辺にあったか? それに、この辺は校庭だよな。どうしてここにも瓦礫の山が出来てるんだ?」

 自分達の気絶していた場所を除いては、ほぼ隙間なく大小様々な瓦礫の山がそびえている。
 確かにこの辺りには住宅やビルなどはあった。だが、山を形成するような大量の瓦礫は、ここに存在していた建造物では到底作り出せるものではなかった。
 それに、建造物がなかった校庭にまで瓦礫の山が出来ている。

「どこかから運んで来たのかな?」

「そうだったら、答えが早く出てくれてありがたいんだけどな。でもまあ、違うだろうな」

 哲也は肩をすくめて笑って見せる。だが、すぐにため息をついた。
 二人に沈黙が流れる。

「と、とにかく、この校舎の瓦礫を探そうよ。きっと、何人かは生きている人がいるはず」

 そう言って、啓輔は校舎の瓦礫に向かって歩き出した。哲也もその後ろに続く。
 瓦礫の隙間などを覗き込んだり、耳をすまして声を聞こうとしたり、色々な方法で生存者を探す。
 しばらくして、啓輔が小さな悲鳴を上げて瓦礫の隙間を指差す。顔は青ざめていた。

「ひ、人! 哲也!」

 啓輔は必死に言葉を搾り出した。呼ばれるがまま、哲也が瓦礫の隙間を覗き込む。その瞬間、そこから目を背けた。
 始め、瓦礫の隙間から手が見えた。だが、手を伝ってさらに覗き込んでいくと、男の上半身が覗いていた。恐らく、ここの教師だろう。廊下で見た覚えが微かだがある。
 万歳のポーズで仰向けに瓦礫に挟まれていて、見えている上半身は損傷が激しく、刃物で切り裂かれたようにずたずただった。

「だめだ。もう手遅れだ」

 吐きそうになるのをこらえながら、哲也は首を横に振った。
 その後も、見つける人全てがすでに息絶えていて、全身ずたずただった。生存者をあきらめ、二人は助けを求める事にした。
 そして、それは歩き初めてすぐに起きた。

「おい、なんか音がしねえか?ほら、足音みたいな……」

 そう言い出したのは哲也だった。
 その時二人は、ずっと捜索していた校舎の瓦礫の山から百メートルほど離れた所にいた。

「あ、ほんとだ! 行ってみようよ」

 その足音は、すぐ横の山の反対側から聞こえてくるようだ。
 啓輔は喜び勇んで瓦礫の山を駆け上る。気分は弾んでいた。

(人だ! 人がいる!)

 人に出会って、何か分かるかもしれない。息を荒げながら駆け上る啓輔。その少し前を哲也も登っていく。
 だが、もう少しで向こうの景色が見えるという所で、突然哲也が腕を広げて啓輔を止めた。

「な、うわ! ちょっと、どうしたんだよ哲也」

 不機嫌な表情で哲也を見る。だが、哲也の顔は青ざめていた。

「何かあったの?」

 哲也の表情が明らかに危険を示していたので、啓輔は不安になって哲也の肩を揺さぶった。
 揺れながら、哲也はやっと口を開いた。

「いいから、そっと向こう側を見てみろ。いいな、そっとだぞ」

 妙に念を押す哲也にさらなる不安を抱きながら、頂上から向こう側が見える限界の所から顔を少しだけ出す。

「っっ!」

 声にならない叫びを上げる啓輔。
 向こう側にいたのは、人では無い者達だった。
 遠くからなので細かくは分からなかったが、爬虫類を思わせる緑色が二本足で立っていた。

「何あれ!? トカゲ!?」

 哲也のすぐ側まで戻って来た啓輔は、声を忍ばせながら哲也に聞いた。

「わかったら苦労しねえっつうの」

 声を忍ばせながらそう答えると、哲也は考え込むようにして黙り込んだ。
 しばらくそうしていたかと思うと、哲也はもう一度頂上に向かって上り始めた。

「ちょっ、やめろって! 見つかったら何されるかわかんないよ!」

 瞬時に哲也の足を掴んだ啓輔は、哲也の行動を制止する。表情は必死そのものだ。

「大丈夫だよ……そうだ、お前も来いよ。あれが何なのかちゃんと確かめようぜ」

 そう言われて、哲也は無理矢理に啓輔を引きずり、頂上へと登り始める哲也。初めは抵抗していた啓輔も、途中で観念したようで、しぶしぶといった感じで上り始めた。
 恐る恐る向こう側を見ると、トカゲの様な奴は全部で五匹いるようだった。

「群れで移動してるのかな。あれ? あいつ等何してるんだろ」

 その五匹の群れが、囲んで何かを弄んでいた。引っ張ったり、引っかいたりしている。
 良く見えないので、目を凝らしてよく見る。その瞬間、啓輔は悲鳴を上げそうになった。

「あいつらか……人を切ってた奴は」

 何とか悲鳴を飲み込んだ啓輔の隣で、哲也はそう言って唇を噛む。
 なんと、トカゲ達は人を弄んでいたのだ。おそらく、手に鋭利な刃物が付いているか、もしくは持っているのだろう。
 それぞれが、思い思いに自分の獲物を人に振るっている。弄ばれている人はすでに息絶えているのだろう、何も抵抗することなくトカゲに遊ばれている。

「男、か…」

 男、という事がかろうじて分かった。
 なぜなら、服を着ていなかったからだ。トカゲが脱がした、とでも言うのだろうか。

「ひどい……絶対許せない」

 そう言って啓輔はトカゲを睨む。
 だが、その視界に新たなトカゲが二匹、人を抱えてやってきた。

「おい、新しい奴等が来たぞ! しかも、今度は女だ!」

 哲也もその姿を確認したようだ。
 その女性は下着姿だった。その様子を観察している哲也の横から啓輔が消えた。瓦礫の斜面を滑り降りて行ったのだ。
 びっくりして哲也が啓輔を目で追うと、すでに啓輔は手ごろな角材を見つけて手に握り締めていた。瓦礫から突き出しているのを手に取ったらしい。

「お、お前……まさか、あいつらと戦うつもりか!?」

「うん。もう許せない。それに、あの子は傷が無かった。まだ助かるかもしれない」

 啓輔の目は本気だ。どんどん哲也の居る頂上付近に戻ってくる。
 哲也は、しばらくうなっていたが、一つ、深くため息をついたかと思うと、自分もまた角材を見つけてそれを構える。
 啓輔がやって来て、二人は頂上の影に身を伏せて隠れる。そこで哲也が

「いわゆる、しゃあなしだぜ、って奴だ。な?」

 そう言って笑いかける。それに啓輔も笑い返した。そして、啓輔はおもむろに野球ボールぐらいの石を手に取る。

「よし。まず石を投げる。そこにトカゲが気を取られてる内に、あの女の子を哲也が抱えて逃げる。もし追いつかれたら殴る」

 哲也は肩をすくめて、二つ返事をした。

「行くよ!!」

 そう言って、啓輔と哲也はトカゲ達の居る場所から左に離れた場所に投石を行った。石はこちらにも聞こえる音を出した。
 トカゲ達はその音のした方に一斉に飛び掛っていった。すごく俊敏な動きだ。

「よし!」

 置き去りにされた女性は、まだ綺麗だった。どうやら、トカゲ達が手を出すまでに間に合ったようだ。
 作戦の成功と女性の無事の喜びにガッツポーズを取り、立ち上がって斜面を駆け下りる。
 なるべく静かに、ばれぬ様に二人は急いで駆け下りて行く。蹴り上げられたコンクリや木材から砂埃が舞い上がる。

(もう少し!)

 あと、数メートル。もう少しで女性にたどり着く。それまでトカゲ達に気付かれないように祈りながら、啓輔は瓦礫の山の終わりにたどり着いた。
 目の前に女性が見え、啓輔と哲也はさらにスピードを上げて突き進む。
 ようやく哲也が女性の傍らにたどり着き、その近くで啓輔が辺りを伺い、トカゲがやって来ないか見張った。
 哲也は近くで顔立ちを見る。この女性は高校生、もしくは中学生後半ぐらいのようだ。肩までの黒髪がほこりでしろく汚れてしまっている。
 そして、彼が女性に手を伸ばした時にそれは起こった。

「おい!こいつまだ生きてるぞ!」

 驚きの声で哲也はそう言った。
 女性に触れた時に、まだ人の温もりがあったのだ。下着二枚の姿も影響してか、それは直に彼の手のひらを伝わる。今まで死人の冷たさを経験しているから間違いない。
 だが、この時の驚きの声が、本人の予想以上に大きく出てしまったのが災いした。気付かれたのだ。

「早く! 哲也! あいつらが!」

 気付いた時にはもう遅かった。すでに、トカゲ達は俊敏な動きで二人の目の前に迫って来ていた。
 啓輔が哲也をうながす。だが、脱力した人間を持ち上げるこ事の難しさと、彼の心の焦りがそれを迅速に行わせはしなかった。
 なんとか角材を持ちつつ、女性を両手に抱えた時には、二人は完全に彼等の射程内に入ってしまった。

「やべっ!逃げるぞ!」

 哲也は急いで女性を肩に抱え、きびすを返して走り出す。だが、うすうす気付いてはいた。逃げ切れる訳が無いと。
 啓輔も後ろから付いて来たのだが。

「うわっ!」

 啓輔が殺気を感じて後ろを振り向いた瞬間、トカゲの一匹が彼に向かって飛び掛かってくる所だった。
 それを横に飛びのいてかわす。そして、前を見ると他のトカゲ達が自分に飛び掛ってきた一匹と合流し、目の前で今にも飛び掛らんばかりに啓輔を睨んでいた。

「どうした!?」

 啓輔の声を聞いて、哲也が後ろを振り向くと、啓輔がトカゲの攻撃を避ける瞬間だった。
 間一髪でかわした啓輔に冷や汗をかく。そして、哲也はため息をつくと、なんと走るのをやめた。
 そして、おもむろに女性を下ろすと、近くの垂直に突き立っている平らなコンクリートの板の側に優しく女性をもたれさせた。

「よし! 戦うか! なあ、啓輔! うわあああああああ!!」

 角材を握り締めて立ち上がると、意味不明の言葉を大声で叫びながら啓輔の下に走る。
 その時啓輔は、角材を構えながら合計七匹のトカゲとにらみ合っていた。しかし、哲也が大声を挙げた事でトカゲ達は警戒し、後ろに飛びのいた。
 実は大声は作戦の内で、音に敏感に反応する奴等だから、この声でびびってしまうのではないかと思ったのだ。そして、これは成功した。

「しっかし、近くで見ると気持ち悪い奴等だなあ、こいつらは」

 哲也が横に並ぶ。その、まったく怯まない様子に妙な頼もしさを感じながら啓輔は前を見る。
 小学生くらいの身長で、全身をびっしりと包む緑の鱗、筋が浮き出ている細い腕の先には三本の大きな黒光りする鋭い爪。足は人間の足に鱗をつけたような形をしている。
 人と爬虫類を均等に混ぜ合わせたような顔は鱗で覆われ、目は赤く、小さな鼻がついている。裂けたように広がる口にはするどいキバが規則正しく並んでいた。
 その姿は醜悪としか言いようが無かった。

「早く終わらせて、彼女を避難させようか。行くよ、哲也!」

 啓輔は体中から吹き出る冷たい汗を吹っ切るようにそう叫ぶと、トカゲの群れに突っ込んでいった。


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